JOE STRUMMER & PAUL SIMONON OF CLASH “RADIO CLASH”

TAK128

JOE STRUMMER & PAUL SIMONON OF CLASH "RADIO CLASH"

(TAK128)

(CD////VINYL:NEW/JACKET:NEW)
ITEM INFO:解説文
『この音源の背景について』

1982年4月21日、英国の海賊ラジオステーションDBC(Dread Broadcast Corp.)REBEL RADIO 103.8 MHZ で、たった一度きり放送されたという伝説のプログラム「RADIO CLASH」、ザ・クラッシュのジョー・ストラマーとポール・シムノンがDJを務め、好き放題に音楽をかけまくった、この番組の存在は一部のクラッシュマニアの間ではずっと語り継がれてきた。しかし、ありとあらゆるクラッシュ関連の書籍や映像等を紐解いてみても、この番組について表立って触れているものは見つからない。ただ、クラッシュが英国のラジオ事情に不満を持っていて、自分達でラジオ局を立ち上げたいという構想を少なからず抱いていたことは間違いないようだ。この番組でもオンエアされた1981年のシングル「Hitsville U.K.」のカップリング「Radio One」でレゲエ・ディージェイ マイキー・ドレッドに同名の英国ラジオ局 Radio 1(BBC)が、いかにどうしようもないか、なんてことを語らせたり、同年暮れにはクラッシュのラジオプロジェクト第1弾として、シングル「This Is Radio Clash」をリリースしている。結局ラジオ局を持つ夢は立ち消えたが、このシングルのテーマがそのままこの番組へと繋がっていることは言うまでもないだろう。クラッシュというバンドの内側に眼を向ければ、この番組が放送された当時、アルバム「COMBAT ROCK」のリリース直前でありながらメンバーの関係は緊張状態にあったようだ。資料によれば正に4月21日にジョーストラマーが行方不明となり、ツアーから失踪する事件を起こしている。そして1ヶ月後にジョーがバンドに復帰すると、ドラムのトッパー・ヒードンがバンドを解雇されてしまう。急遽、初期ドラマーのテリー・チャイムズを召集しUSツアーに出たものの最早バンドは最終章に入っていた。今度はクラッシュのもう一方の翼であるミック・ジョーンズをも解雇し、ジョーはバンドを『コンプリート・コントロール』する。それは、そのままクラッシュの終焉となった。『コンバット・ロック』が、全英2位、全米チャートでは初のトップ10入りという大ヒット作となり、バンドが世界的な名声を得て上昇線のグラフを描くのと反比例するように崩壊へのカウントダウンが始まっていた。そう考えると、この「Radio CLASH」をジョーとポールの2人だけで放送していた事実はバンドの人間模様が透けて見えるようでファンとして複雑な想いで聴かずにはいられない。もしミックもスタジオにいたならニューヨークのシーンに執心していた彼ならではの最先端な音楽(例えばヒップホップなど)もかかっていたのではないか?と妄想してしまう。けれど、そんな話は別にしてもここに収録されたルーツ音楽の数々は、彼らがいかに音楽リスナーとして豊かな耳を持っていたかそのセンスに唸らずには聴けない内容だし、そのミクスチャーな感覚は、クラッシュの音楽的素養の全てが詰まっているようだ。ゴッドファーザー(JB)、キング(エルヴィス)、プリンス(バスター)なんて彼らのアイドルはモチロン、リズム&ブルース、ロカビリー、カントリー、ブルービートにスキンヘッドレゲエ、ニューオリンズからマイアミまで、ポールのセレクトらしきレゲエもタップリ。オープニングから一貫した西部劇風な演出もルードボーイ必須科目を提示されているような気分になる。まるで優れたセレクターによる現代のミックステープのような楽しさがここにある。何よりメジャーレーベルと契約しているクラッシュという世界的なロックスターが、英国のカリブ海系移民に向けた違法な海賊ラジオに堂々と出演し、嬉々として音楽をプレイしていたことに彼らのアティテュードが垣間見れるのだ。

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